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東日本大震災~ここから始まる物語②~

こんばんは。

物語の続きを書いてみたいと思います。

余震が続き、ただでも不安に押しつぶされそうな気持

に追い打ちをかけるように、物資不足。

スーパーやコンビニの棚はガラガラ、ガソリンスタンド

は大渋滞、混乱の日々。

当たり前ですが、人生初の光景ばかり。

そこへダメ押しの原発事故。どこまで続くかわからない

この窮屈な生活から抜け出そう、と母子で鹿児島へ

全く見ず知らずの土地での日常生活が始まりました。

鹿児島は思っていたよりも都会で、温暖で、町中で気軽に

天然温泉に入れ、食べ物が美味しい。

今までの恐怖から解放されたのもあり、大きな喜びでした。

しかし、日を追うごとにひどくなる、原発事故。終息の見えない事態。

その結果として、家族で鹿児島へ移住を果たしました。

未知なるチャレンジ、まあ何とかなるだろう、という位の気持ち

でスタート。

鹿児島の人々は、基本的に温和で優しい人が多く、どれだけ癒さ

れたでしょうか。

そんな中、私の中の何かに確実にスイッチが入りました。

そのスイッチの数が少しずつ増えていきました。

この先、どういきていきたの?どうしたいの?何がしたい?常に

自分への問いかけ。来る日も来る日も。

色んな出来事をきっかけに、少しずつその答えへ歩きだしたのでした。

この続きは、また明日書いてみたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝します。

 

 

 

 

 

 

東日本大震災~ここから始まる物語①~

こんばんは。

今日は、東日本大震災について書いてみようと思います。

6年前の3.11、東日本大震災が発生しました。

その時私は家族と横浜の公園にいました。

地震により地面が揺れ動いた感触は、体にはっきり残って

います。とても長い時間でした。

揺れが落ち着き、携帯で連絡を取ろうとしても全く不通。

とにかく帰宅しようと駐車場へ向かいました。

途中、何度も余震があり、道路がゆがんだりし車がひっくり

かえるのでは、と不安になりました。

何となくの直観で、少しだけガソリンを補充。

そして、高速に乗ろうとしたら、入り口から逆走して降りてくる車が続々。

一般道へ入ったものの、すでに激しい渋滞。

いったい何が起きたのか、ラジオやテレビから情報を集めようとするものの、

メディアから聞こえてくる音や声に子どもが怯えたので、最低限にとどめました。

これもまた直観で、たまたま見つけたコンビニですでに残り少なくなっている食べ

物を買いこみ、トイレをすまし、再び渋滞の中へ。

通常なら1時間の道を8時間かけて帰宅。

その頃になり、ようやく携帯が使え家族の安否が確認できたのを覚えています。

まだこの時は、地震の恐怖しかありませんでしたが、ここからは原発事故が多発し、

逃れようのない事実を突きつけられ、苦悩の日々が始まりました。

この続きは、明日書いてみたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝します。

 

 

 

 

 

 

 

 

教育について⑥

こんばんは。

昨日に引き続き、今日も教育について書いてみようと思います。

再び、居場所探しをし、兵庫にあるデモクラティックスクールを

気に入った子ども。再び、引っ越しをしました。

地元の小学校へ挨拶に。今までとは違い、デモクラティックスクー

ルに通う子どもの対応に慣れており、とてもスムーズにいきました。

学校って当たり前ですけど、学校によってこんなにも対応に違いが

あるんですね。

先生の許容範囲や視野が広いと、子どもものびのびできるのかも、ですね。

引っ越し翌日から元気にデモクラティックスクール生活スタート。

ここから、親である私が自分自身と長く深く向き合う時間の始まりでも

ありました。

しばらくは引っ越しの忙しさで見えにくくなっていましたが、落ち着きだした

頃から「何か抜けている」「何か足りない」的な感じを抱くようになりました。

その原因がわからずに、いろいろ調べたり、チャレンジしたりしてみました。

その中で、行きついた答えが「自分はこの先どう生きていきたいのか?」と

いうものでした。

子どもは、デモクラティックスクールに通い、日々自分の好きなことを過ごし

て生きていました。その姿を見て「私は?私の好きなことは?私はこの先どう

したいの?」と、いつも問うてました。

どれだけ向き合ったでしょうか?どれだけ考えたでしょうか?

そのおかげで今は、少しずつその方向性が整理され進みはじめています。

子どものおかげでもあり、その子どもを尊重してきた自分のおかげでもある、と

思っています。

教育って、学校に入ったから、卒業したから終わり、というものではなく、一生

続くなのかもしれませんね。

大人になってからも、人から教わること、それによって成長すること、はよくある

と思うのです。それこそが字のごとく教育なのかもしれません。

その教育の場が、安全安心で、誰しも心身共に成長が約束されている場であること

が求められているのかもしれません。

勉強って本来とても楽しいものなのだと、私は思っています。

なので、その勉強する場作りは非常に重要なのかな、と思う日々です。

 

ここ数日間に渡り、教育について書いてきました。

現在も子どもは、デモクラティックスクールに通学しています。

通学当初から比べると、特に精神力が成長しました。目を見張ります。

これは素晴く喜ばしいことです。どんな大人になるか今からワクワクしてたまりませんね。

子どもと関わる方は特に、日常生活の中で教育って何だろう?って考える一時、余裕

があってもいいのかもしれませんね。

 

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝いたします。

 

 

 

 

 

 

 

教育について⑤

こんばんは。

昨日に引き続き、今日も教育について書いてみようと思います。

子どもの居場所探しをする為に、まずは情報収集。その後、九州

~沖縄まで数か所の居場所見学へ。

その中で、熊本にあるフリースクールを気に入った子ども。

ご縁があり、熊本へお引越し。

まずは、学校へ挨拶をしに。校長先生、学年主任、担任の先生、

みなさんとても丁寧に子どもを尊重してくだいました。

そして、いよいよフリースクール通学生活のスタート。

スタッフや子ども達ともすぐに打ち解け、元気に通学する日々。

引っ越しした家の前が、比較的大きな公園だったため、自然と多く

の子どもが集う場所。

ですので、子どもにもすぐに近所の友達が出来て、今までとガラリ

と生活環境が変わりました。

フリースクール、というのは、当たり前ですが、学校へ行けなくな

った子が集まる場所。

様々な環境、年齢の子どもが入交り時間を過ごす。しばし、折り合い

をつけるのが難しかったり、トラブルなどもあったようですが、おおま

かには楽しい時間を過ごせたようでした。

そこに1年半通ったある日・・フリースクールの経営に影が・・。

子どもとも話し合いを重ね、別の居場所探しが始まりました。

今度はずっと気になっていた関西へ。

この続きは明日書いてみたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝します。

 

 

 

 

教育について④

こんばんは。

昨日に引き続き、今日も教育について書いてみようと思います。

ホームスクーリングを始めてもうすぐ2年、という直前に東日本

大震災が発生。

しばらくの間は、余震や放射能の影響に怯える日々でした。

色々と検討の結果、しばらく東京を離れて九州へ、その後、家族

で鹿児島へ引っ越ししました。

早速、鹿児島の小学校に挨拶に行き、校長先生に今までの流れを説明。

時間を割いてじっくり話を聞いてくださいました。

さらに、担任の先生はとても教育熱心な方で、うちの子どもにできる

ことを考えて行動してくださいました。

東京の小学校では、学校側からのアプローチはゼロ。

学校によって、先生によって、ここまで対応が違うのだ、と驚きました。

おかげで、私たち家族にとって、学校への見方が変わる大きなきっかけに

なりました。

担任の先生の真剣な姿に、うちの子どもにも変化が。

少しずつ先生の話に耳を傾けるようになり、結果として、春と秋の遠足に

参加しました。

私自身、学校と少しは関わりたかったんだな、という思いにも気付きました。

子どもにとっても将来を考える時間ができ、家以外の自分の居場所探しが始ま

りました。

この続きは、また明日書いてみたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝します。

 

 

 

 

 

 

 

教育について③

こんばんは。

昨日に引き続き、教育について書いてみようと思います。

学校側へ事情を説明し、入学式、始業式の参列を見送り、小学校生活をスタート

させた我が家。

東京は遊べる場所に困らないほど様々な施設がるので、しばらくは、公園や施設、

プール巡りを繰り返していました。

幸いにも、近所に同じようなホームスクーリングの子がいたので、その子と頻繁に

遊んだり、ホームスクーリングの集まりなどに出かけたりしました。

数日1回は周囲から「学校は?」と聞かれる日々で、最初こそ腹が立ったり罪悪感

を感じたりしていましたが、対応を重ねるごとにこちらにも余裕ができました。

日本には、どれほどに「学校は絶対的な存在」が浸透しているのかを確認。

気付いた人から、学んだ人から、そこに風穴をあけていこうと強く感じました。

 

「義務教育とは」親が子どもに教育を受けさせる義務のコトで、子どもが学校に行かなければならない、という義務ではないんですよね。

だから、子どもが「学校に行きたくない」という意思であれば「行かなくていい」んですよね。

こんな単純なルールなのに「学校は行かなきゃならない」「何とかして行かさなきゃ」と、思い込みに縛られている人が多いのも事実ですね。

大多数の人と違うコトを選択する勇気、自分の思いに向き合い正直に生きる勇気、色んな思い込みを手放す勇気、それらの勇気を得た時、きっと自分には素晴らしい未来があるのだと、と私は思います。

手放せば、新しいものが入ってくる。どうやら単純な宇宙の法則のようです。

そういう思考パターンが出来ると、生きるコトがもっと楽しくなりますね。

みなさんはどう思われますか?

明日はこの続きを書いてみたいと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝します。

 

 

 

 

 

 

 

 

教育について②

こんばんは。

昨日の引き続き、今日も教育について書いてみようと思います。

昨日は、自主保育について書きました。

うちの子どもは、3~6才まで自主保育の環境でのびのび育ちました。

楽しい日々の中で、そろそろ小学校生活が見え始めた子どもが5才の時。

当時住んでいた東京では、学校選択制の時代。

自宅から徒歩30分圏内にある小学校であれば、好きな学校を選択して

通えるという仕組みになっていました。

と、いうわけで我が家も5才秋、6才春、6才秋、複数回に渡って近所の

小学校見学へ行ってみました。

初めての小学校見学を経験したうちの子どもの感想は「おれは学校へ

は行かない」でした。

まーまだ5才だしね、という感じで受け止めた私。

子どもが6才になり、見学する教科を変えたり、学校を変えたりして見学

しても「学校はつまんないから行かない」と、相変わらずの子ども。

さすがに「どうよ?学校に行かないって」と思い始めた私と夫。

 

義務教育だし、小学校に行かないなんてあり得るの?学校以外の選択肢ってある?

そこからいろんな勉強が始まりました。

6才の夏にあるワークショップに参加し「学校外の教育について」学ぶチャンス

に恵まれました。

そこで、フリースクール、デモクラティックスクール、ホームスクーリングの

存在を知り、また実際にそれぞれの環境で子育てをしている方たちの貴重な経

験談をきくことが出来ました。

目からウロコが何枚落ちたでしょうか。どれだけ衝撃を受けたでしょうか。

学校は無理していかなくてもいーんだ!こんな素晴らしい生き方を選べるんだ!と。

 

そこから何度も何度も家族で話し合いをし、結果として「行きたくなったら学校へ

行く」ということでまとまりました。

入学式も始業式も参加せず、在籍のみでの小学生生活のスタートきった我が家でした。

この続きは、明日また書きます。

 

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ご縁に感謝します。